仙台高等裁判所 昭和39年(う)155号 判決 1965年4月09日
被告人 小山邦夫
主文
被告人の本件控訴を棄却する。
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年に処する。
但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
被告人の本件控訴趣意は、弁護人安田覚治、同毛利将行共同名義の控訴趣意書、検察官の本件控訴趣意は、福島地方検察庁次席検事菅原弘毅名義の控訴趣意書の記載と同じであるから、いずれもこれを引用する。
弁護人の控訴趣意第一点および第二点の(一)(訴訟手続の法令違反および法令の解釈適用の誤り)について、
本件記録中の原審における弁護人の弁論要旨によれば、論旨の指摘する部分で、所論のように「本件は被告人が事実を真実と信ずるにつき相当の理由があり、又は真実と信ずることにつき過失のない場合に該当する」旨の主張をしているものであることは必ずしも明白とはいえない。しかし、該部分がかりに所論の主張を含むものとしても、右主張は、論旨で引用する各高等裁判所の判例と同一見解に立ち、これを前提とするものであるところ、昭和三四年五月七日最高裁判所第一小法廷の判決(集一三巻、五号、六四一頁)によれば、刑法二三〇条ノ二の「真実なることの証明ありたるときはこれを罰せず」というのは、いわゆる処罰阻却事由を規定したものと解され、そして同判決は、被告人について事実が真実であることの証明がなされない限り被告人はその刑責を免れることができないとしているのであつて、前記各高等裁判所の判例は、右最高裁判所の判決と抵触する限度で変更された趣旨と解せられる。原審も右最高裁判所の判決を引用し、これとまつたく同一の見解の下に、弁護人の主張に対する判断の項の第三で、所論のように説示しているのであつて、いやしくも被告人において真実の証明がなし得ないのであるから、かりに被告人が事実を真実と誤信し、しかもその誤信が相当な資料に基づくもので、過失がなかつたとしても故意を阻却し、または違法性を阻却するものではない。これを要するに、所論は原審と異なる見解に立つて原判決を論難するに帰するものというべく、当裁判所も原審の右見解を正当と認めるので、原判決にはこの点に関し、訴訟手続の法令違反、または法令の解釈、適用の誤りはいずれも認められない。論旨はすべて理由がない。
弁護人の控訴趣意第二点の(二)(法令の解釈、適用の誤り)について、
しかし、原判決は原判示第一の二の(二)の事実摘示部分のみが独立して名誉毀損罪の構成要件に該当するとしているのではなく、原判示第一の二の冒頭において、被告人が昭和三六年六月二日付の日刊おさらぎ新聞の第一面に「織田ゴマ蔵親子は電鉄から手を引け云々」と題し、以下(一)、(二)、(三)、(四)の各記事を執筆掲載してこれを頒布したことの全体をもつて一個の名誉毀損罪が成立するものとしていることは、原判決自体によつてまことに明らかである。したがつて、論旨が、右原判示の一部分のみを摘出して該部分の記載が毀損罪を構成するものでないかのように主張することはあたらないものといわなければならない。そして、原判示第一の二の全体をみれば優に織田大蔵の名誉を毀損するものであることは言をまたない。原判決には所論のように刑法二三〇条一項の解釈適用を誤つた違法は認められないので、論旨は理由がない。
検察官の控訴趣意第一の一(法令の解釈、適用の誤り)について、
原判決は、本件昭和三七年六月三〇日付起訴状記載第一の織田正吉および児玉貫一の名誉を毀損した旨の公訴事実に対し、原判示第二の一において、織田正吉に対する関係では、右公訴事実と同旨の認定をしたが、児玉貫一に対する関係では、自己の妻が他の男から情交を求められた旨の事実の公表は、その妻自身の名誉は別としてその夫そのものの名誉を害するものではないと解すべきであるとしこの点について犯罪の証明がないと判示している。これに対し論旨は、原判決は刑法二三〇条の解釈、適用を誤つたものであると主張するので、以下これを考察する。
児玉貫一の名誉がはたして毀損されたものか否かが問題とされている原判示昭和三六年九月一七日付日刊おさらぎ新聞(証第三号)の記事の内容を検討すると、その第一面の右半面には、原判示第二の一のような見出しを掲げ、そして本文中には、福島電気鉄道株式会社の社長織田正吉が「同和興業からつれてきた幹部社員の妻くんをめざして、酒の力を借りて、貸せ、サセロと真よ中の午前零時すぎ、しかもカヤのなかに無断でモグリ込み、犬畜生にもおとる行為に出た。驚ろいたのは自動車局長という男、いくら社長でも俺の前で家内を自由にされては人間として生きちやいられないとあつて、死にものぐるいでカヤの中で正吉をつかまえ、別室に引出して冷や酒をコツプにつぎ、どうか真よ中のこととて、これにてお引き取り願いますとやつた、云々」とあり、さらに第一面の左半面にも、織田正吉が、同じ大学を卒業して同和興業につとめていた鈴木自動車局長こと児玉貫一を、本人にほれたのではなく、その妻君にほれ、将来専務にするという約束で福島電気鉄道株式会社に連れてきて、初代自動車局長にした。児玉は真よ中に訪ずれた織田正吉から、妻君を貸せ、サセロといわれ、同人が妻に手をかけたので、驚ろきあわてて正吉を別室に引き出し、平謝りに謝つて冷酒を出し、漸やく引き取つて貰つた旨の記事が掲載されていることが明らかである。右記事内容は、単に児玉貫一の面前で、その妻が上司から情交を求められた旨の事実を公表しただけに止まらず、児玉が周章狼狽して、上司に対し冷酒を出し、謝罪する何の理由もないのに平身低頭して謝り、引き取つて貰つた様子を興味本位に公表したもので、これにより児玉が人の物笑いの対象とされるような卑屈な人格の所有者である事実を摘示したものというべく、福島電気鉄道株式会社の自動車局長としての児玉貫一の社会的地位を害し、その名誉を毀損するに足るものであることはいうまでもない。原判決が前記のように児玉貫一自身の名誉はこれによつて毀損されたものとは認められないとし、この点に関し被告人は無罪であると判断したことは、結局刑法二三〇条一項の解釈適用を誤つたもので、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点の原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
検察官の控訴趣意第一の二の(一)、(二)(法令の解釈、適用の誤り、および事実誤認)について、
原判決は、本件昭和三八年五月二日付起訴状記載の瀬戸孝一の名誉を毀損し、選挙に関し不正の方法をもつて選挙の自由を妨害した旨の公訴事実に対し、原判示第五において、右名誉毀損については公訴事実と同旨の認定をしたが、選挙の自由妨害については被告人の所為は公職選挙法二二五条二号の「不正の方法」ということはできないとし、さらに、昭和三九年二月一三日付訴因、罰条の追加請求書による右公職選挙法違反の予備的訴因についても、被告人に犯意がなかつたものとし、この点につきいずれも犯罪の証明がないと判示している。これに対し論旨は、原判決は、右本位的訴因については、同法二二五条二号の解釈、適用を誤つたものであり、右予備的訴因については、事実の誤認がある旨主張するので、以下順次これを検討する。
(一) まず本位的訴因につき、原判決が、公職選挙法二二五条二号の規定は、選挙人が自己の良心に従つてその適当と認める候補者に対して投票する自由と議員候補者およびその運動員等がその当選を図るために法令の範囲内で行う選挙運動の自由とを保護している規定であることからして、同号の「不正の方法」は無限定のものではなく、右の選挙の自由に直接影響を与えるような形態の不正の方法に限るものと解すべきであるとし、本件のように、候補者に関する、同人に不利益な虚偽の事項を新聞に掲載して頒布することは、選挙人をしてその公正な判断を誤らせる原因を作出することがあつても、選挙の自由に直接影響を与えるものではないから、同法条二号の「不正の方法」ということはできないとしているのであつて、原判決の右見解は正当と認められる。もし、かりに所論のように、同条二号の「不正の方法」とは、いやしくも広く公の秩序、善良の風俗に反する一切の方法をいうもので、本件のような候補者に関して虚偽の事項を新聞に掲載して頒布することも含むものと解するなら、右二二五条の規定のほかに、同法二三五条のいわゆる虚偽事項の公表罪のような特別の規定を設ける実益は失なわれるものというべく、右両者の刑を対照してみるなら、後者の虚偽事項の公表罪の刑は、前者の選挙の自由妨害罪のそれよりはるかに軽いのである。すなわち、両者はいずれも選挙の自由と公正を確保するための規定であることに変りはないが、一は直接に選挙の自由を妨害する行為を排除し、他は選挙人をして公正な判断を誤らせる原因を作出する行為を排除するために設けられた規定と解せられる。以上の次第で、原判決はこの点に関し、所論のような法令の解釈、適用の誤りは認められないので、論旨は採用の限りでない。
(二) つぎに、予備的訴因の点につき、原判決は、公職選挙法二三五条二号に該当する外形的事実を認定しながら、被告人において公にした事実が虚偽であることの認識を欠く旨判断しているのであるが、記録、ことに被告人の司法警察員に対する昭和三八年四月一二日付、同月一七日付各供述調書、ならびに検察官に対する同月一九日付、同月二二日付、同月二七日付各供述調書によれば、被告人が瀬戸孝一に関する記事を、被告人の編集し、発行にかかる「日刊おさらぎ新聞」に掲載した経緯は、被告人が昭和三七年六月二〇日織田大蔵、織田正吉等に対する本件の名誉毀損罪で身柄を拘束された頃、当時福島県議会議員瀬戸孝一が県議会で、被告人のような男は徹底的に取り締つて貰いたい旨県警察本部長に対し要望したことを、保釈になつてから聞知したので、被告人は瀬戸議員に対し恨みを抱き、いつか瀬戸議員に関し不利益となるような記事を書いてやろうとその機会を狙つていた。ところが、昭和三八年四月一七日施行の福島県議会議員選挙に瀬戸孝一が立候補したので、今こそ報復する絶好の機会とばかりに、瀬戸に関し不利益な材料なら何でも記事にしておさらぎ新聞に掲載し、同人の得票を減らし、選挙を不利にしようと考えていた矢先、たまたま瀬戸に対する女性関係の噂を耳にしたので、その真偽のほどを確かめもせずに、同年四月九日付および一一日付のおさらぎ新聞に、原判示第五のような記事を執筆掲載して頒布したものである。そして、被告人が検察官の取り調べに対して認めているように、被告人に対し瀬戸の右女性関係の噂を提供した者は、本田栄一と阿部強の両名で、本田の話は高橋からきいたというのであるが、具体的なものではなく、しかも高橋はでたらめをいう信用のできない男だというのであり、阿部強の話も、これまた具体的なものではなく、同人も信用できない男だというのである。のみならず、記事内容については、瀬戸氏の武勇伝とか、慰藉料の点も、女性の年令や、選挙用自動車中のできごとも、告訴云云の点も、すべて被告人の作り出したものであるというのであるから、被告人において、執筆したおさらぎ新聞の該記事内容が虚偽の事項であることの認識は十分にこれを有していたものといわなければならない。もつとも、被告人は原審公判廷でこれを否定する趣旨の供述をするが、右各供述調書の供述に照らしてとうてい信用できない。してみれば、原判決が、被告人において公にした事実が虚偽であることの認識を欠くので、被告人は前記予備的訴因について犯意を有しなかつたものと認定したことは事実の認定を誤つたものというべく、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点における原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
ところで、原判決は、前記児玉貫一に対する名誉毀損罪と一所為数法の関係に立つ原判示第二の一の織田正吉に対する名誉毀損罪、ならびに前記公職選挙法二三五条二号違反の罪と一所為数法の関係に立つ原判示第五の瀬戸孝一に対する名誉毀損罪とその余の原判示の各罪とがすべて併合罪の関係にあるものとして併合加重をし、一個の刑をもつて処断しているので、結局原判決はそのすべてについて破棄すべきものである。
なお、弁護人の控訴趣意第三点の量刑不当の主張は、後記自判の際その理由のないことが示されるし、また、検察官の控訴趣意第二の量刑不当の主張についても、後記自判の際自ら示されるので、その判断を省略する。
よつて、被告人の控訴については、刑訴法三九六条によりこれを棄却し、検察官の控訴については、同法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらにつぎのとおり判決する。
(当裁判所の認定した罪となるべき事実)
原判示第二の一の事実を全部削り、これに代えて、
同三六年九月一七日付の同紙第一面に「正気のサタではない汚田の正吉、この親にしてこの子あり、日本一の孝行息子、犬畜生にもおとる汚田ダニ蔵親子のちん事件、真夜中無断で社員の妻君のカヤの中までもぐり込み一回だけ貸せの、させろのと酒までいきまく正吉、酒をツン出しお引取り願つたウソのような実話」と題し、福島電気鉄道株式会社社長織田正吉が同年八月下旬頃の深夜、同社自動車局長児玉貫一の寝室に入り、その面前で同人の妻と情を通じようとしたので、児玉は周章狼狽し、上司に対し平身低頭して謝罪し、冷酒を出して漸やく引き取りを願つた旨の記事を執筆して掲載し、同日頃右新聞約一、五〇〇部を福島市及び福島県内等に頒布し、もつて公然事実を摘示して、織田正吉および児玉貫一の名誉を毀損し、
と挿入し、原判示第二の二の末行の「それぞれ」を削り、原判示第五の事実を全部削り、これに代えて、
昭和三八年四月一七日施行の福島県議会議員選挙に際し、福島市から右選挙に立候補した瀬戸孝一に当選を得させない目的をもつて、同月九日付並びに一一日付の同紙第一面に「瀬戸氏またも笹谷地区で得意中の武勇伝を出した、慰しやを二〇万円とか請求、示談となつた話は有名になつてしまつた。」と題し、右選挙に立候補した瀬戸孝一は、笹谷地区に集会を求め、夜間訪問した帰り道、集まつた人達の中から目ぼしをつけた某女(二一才)を親切に自宅までお送りするといつて選挙用自動車の中で送りオオカミを実行した。某女が警察に告訴したので、これに驚ろいた同候補の運動員達は、選挙に入つてとんでもないことをしてくれたと某々氏などが手をまわし、ようやく二〇万円とか三〇万円で示談した旨の虚偽の記事を執筆して掲載、同月九日、一〇日の両日にわたり、同月九日発行の新聞約六〇〇部並びに同月一一日発行の新聞約五、八〇〇部を、その選挙区である福島市内を中心に福島県内等に頒布し、もつて右選挙の候補者である瀬戸孝一に関し虚偽の事項を公にし、公然事実を摘示して同人の名誉を毀損し、
と挿入する。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
原判決の確定した原判示第一の一ないし五、第二の二、第三、第四の各事実ならびに判示第二の一および第五の各事実に法律を適用すると、被告人の右所為中名誉毀損の点は、いずれも刑法二三〇条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号、二条一項に、公職選挙法違反の点は公職選挙法二三五条二号、罰金等臨時措置法二条一項に各該当するところ、判示第二の一の織田正吉および児玉貫一に対する名誉毀損の点、ならびに判示第五の瀬戸孝一に対する名誉毀損と公職選挙法違反の点はいずれもそれぞれ一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により前者については犯情の重いと認める織田正吉に対する名誉毀損罪の刑にしたがい、後者については重い名誉毀損罪の刑にしたがい各一罪として処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、所定刑中いずれも懲役刑も選択した上、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重いと認める原判示第一の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、被告人の本件犯行は筆による暴力ともいうべき悪質なもので、ことに判示第五の罪はその余の罪で起訴され、その審理の継続中保釈後になされたもので情はかなり重いものであるが、被告人の経歴、本件犯行の動機、態様、犯行後の事情など諸般の情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日からとくに三年間右刑の執行を猶予し、原審および当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤寿郎 小嶋弥作 杉本正雄)